日本は2013年8月15日、68年目の終戦記念日を迎えます。

日本にとって、8月15日は無条件降伏した日、敗戦の日ですが、シンガポールにとっては、これによって日本の占領から解放されたことを意味します。


第二次世界大戦中、1942年2月15日から1945年8月の日本の降伏まで3年半、 シンガポールは日本軍の占領下にあり、「昭南島」と改称されていました。
1942年2月末、当時シンガポールを植民地としていたイギリスとの戦いに勝利したあと、日本軍は約1ヶ月にわたって一部の中国系住民を殺害しました。その数は6000人とも4万人とも言われます。
中国語では粛清 (sook ching) 、日本ではシンガポール華僑虐殺事件やシンガポール大検証などと呼ばれています。

また日本軍はマクリッチ貯水池近くに湘南神社や昭南忠霊碑を建て、イスラム教のマレー系住民まで参拝させられました。
学校教育では、「東京遥拝」が児童・生徒、教職員に教養され、また日本語教育が強行されました。

日本軍占領期の3年半は、シンガポールにとって過酷な日々でした。


現在、在星邦人は約26000人。日本からの観光客も多く、淡路島ほどの小さな国に多くの日本人を見かけます。
今は、日本人だと言うとシンガポールの人々は「コンニチハ」「アリガトウ」など片言で挨拶してみせたり、マンガの話を持ち出したり、とても親しげに話しかけてくれ、話が弾みます。
しかし、日本軍の占領時代の記憶がある80代以上くらいの人々は、今でも日本人に対して嫌悪を示すことがあります。
ただし高齢のため施設で暮らしたり、自宅で静かに過ごしている方も多く、街中で会うことも滅多にないので私たちが知らないだけなのです。
10年以上前までは、日本人というと嫌な顔をされることも、今よりもっと多くありました。
私は2年程前でも、ボランティアで訪れた病院で、高齢の患者さんに「日本人とは話したくない」と言われたことがあります。

シンガポールの国内、いくつかは街中に、戦争の跡を見る事ができます。
次の記事でご紹介します。
第二次世界大戦、日本軍占領時代の跡をたどる 


参考:
・シンガポールを知るための62章【第2版】 田村慶子
Japanese occupation of Singapore (Wikipedia)

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